直接と全部 — 固定費を在庫の箱に詰めると、利益が動きます
売れ行きが変わらないのに、たくさん作った期ほど利益が大きく見える——そんな不思議が、原価計算のルール1つで起こります。種明かしは、工場の固定費を「どこに置くか」です。
製品の原価に含めるのが全部原価計算、含めず期間の費用として落とすのが直接原価計算。この置き場所の違いが、在庫を経由して利益の見え方を変えます。
期末在庫が増えたとき、なぜ全部原価計算の利益は直接原価計算より大きくなるのでしょうか。
固定費を在庫の箱に詰めると、費用が翌期へ持ち越されます
全部原価計算では、固定製造間接費(工場の家賃・設備の減価償却費など)も製品原価に含めます。すると、作ったのに売れなかった分——期末在庫——の箱には、固定費の一部が詰め込まれたままB/Sへ運ばれます。その分だけ当期の費用が軽くなり、利益は大きく見えます。
直接原価計算では、固定製造間接費は製品に載せず、発生した期の費用(期間原価)として全額落とします。在庫が増えようが減ろうが、固定費は当期に全額計上——利益は販売量だけで決まる、CVP分析と同じ世界です。
利益差=期末在庫に含まれる固定製造間接費、で定量化できます
両者の営業利益の差は、期首・期末の在庫に含まれる固定製造間接費の増減にちょうど一致します。在庫増加なら全部>直接、在庫減少なら全部<直接、在庫不変なら一致——この3行が正誤問題の骨格です。
数値で1回だけ確かめます。固定製造間接費60万円・当期生産1,000個・販売800個(期末在庫200個・期首ゼロ)とします。全部原価計算では、固定費60万円のうち期末在庫200個分=60万×200/1,000=12万円が在庫の箱に載って翌期へ。直接原価計算では60万円全額が当期費用。よって全部原価計算の利益が12万円大きく出ます。
使い分けも1行で。外部報告(制度会計)は全部原価計算、社内の意思決定・CVP分析には直接原価計算——固定費を売上と切り離して見られるからです。
「たくさん作れば利益が出る」の錯覚を突く出題があります
全部原価計算の下では、売れなくても増産すれば当期利益が膨らむ——固定費が在庫に逃げるからです。この性質を「利益操作の余地」として問う肢、逆に「直接原価計算でも在庫増で利益が増える」とする誤り肢が定番です。直接原価計算の利益は販売量だけで動きます。
大小関係の暗記が不安なら、極端な例で再現してください。「全部作って1個も売らない期」——全部原価計算では固定費が全額在庫へ逃げて損失が小さく、直接原価計算では固定費全額が費用で大赤字。増産側が有利に見えるのは常に全部原価計算です。
「今期は増産したから利益が出た、と工場長が言うんだが本当か?」。この違和感の検証が、まさに両計算の突き合わせです。全部原価計算の利益から在庫に載った固定費を剥がすと、販売実力ベースの利益が見えます。在庫が積み上がる「見かけの好業績」は、翌期に費用が戻ってくる借金でもあります。
冒頭の問いに答えます。全部原価計算では固定製造間接費が期末在庫の箱に載って翌期へ持ち越されるため、在庫が増えた期は利益が大きく見えます(差額=在庫中の固定費)。次のユニットは配賦のもう1つの歪み——間接費を「頭数」で割ることの限界と、手間で割るABCです。