使用者責任と工作物責任 — 「気をつけていた」が通る責任と、通らない責任
会社の営業車が配達中に事故を起こしたとします。被害者が賠償を求める相手は、運転していた従業員でしょうか、会社でしょうか。民法の答えは「どちらにも請求できる」です。人を使って利益を上げる者は、そこから生じる損失も引き受けるべきだ——この考え方(報償責任)が、会社の責任の土台にあります。
このユニットで見る責任の型は2つ、消滅時効の時計は2本です。
他人を使って利益を上げる者と、危険な物を持つ者は、どこまで責任を負うのでしょうか。
言い訳が通るかどうかで、責任の重さを見分けます
使用者責任(715条)は、行政法の国家賠償1条で見た「制服を着ていたら会社の顔」と同じ発想です。従業員の行為が外から職務に見えるなら、会社が賠償の窓口になります。ただし条文上は、選任・監督に相当の注意をしたことを証明すれば免責される建て付けです(言い訳の余地が一応ある)。
工作物責任(717条)は二段構えです。建物や塀などの工作物に瑕疵があって損害が生じたとき、まず占有者(借りて使っている人)が責任を負いますが、損害防止に必要な注意をしたことを証明すれば免責されます。そのとき最後に背負うのが所有者で、こちらは無過失責任——「気をつけていた」という言い訳が通りません。
「事業の執行について」は、外形で判断されます
一般不法行為の要件が709条です。故意または過失・権利または法律上保護される利益の侵害・損害の発生・因果関係の4点セットで、被害者側が証明します。
使用者責任(715条1項)の急所は「事業の執行について」の読み方です。判例は、行為の外形から職務の範囲内の行為とみられるかで判断します(外形理論・最判昭40.11.30)。従業員が権限を濫用した行為でも、外から職務に見えれば会社の責任です。免責の証明(相当の注意をした・注意をしても損害が生じた)は条文上可能ですが、実際に認められることはほとんどありません。賠償した使用者から被用者への求償は、信義則上相当と認められる限度に制限されます(最判昭51.7.8)。逆に、被用者が先に賠償した場合に使用者へ求償する逆求償も認められました(最判令2.2.28)。
工作物責任(717条1項)は、設置または保存の瑕疵——通常有すべき安全性を欠くこと——が要件です。占有者は必要な注意の証明で免責され、その場合に所有者が賠償します(免責規定なし)。国家賠償2条の営造物責任と同じ「物の責任」の民法版です。
時効は2本立てです。損害および加害者を知った時から3年(人の生命・身体の侵害なら5年・724条の2)、不法行為の時から20年(724条)。
免責の言い訳が「誰に通るか」を入れ替える肢が定番です
第一の手口は使用者の無過失責任化です。「使用者は、選任・監督に相当の注意をしたことを証明しても、責任を免れない」は条文上誤りです(715条1項ただし書)。無過失責任なのは工作物の所有者です。
第二の手口はその逆で、「工作物の所有者は、損害防止に必要な注意をしたことを証明すれば免責される」も誤りです。注意による免責があるのは占有者だけです(717条1項)。
第三の手口は求償の全額化です。「使用者は、賠償した全額を常に被用者に求償できる」は誤りです。求償は信義則上相当な限度に制限されます(最判昭51.7.8)。
第四の手口は時計の単線化です。「生命・身体の侵害による損害賠償請求権も、知った時から3年で時効消滅する」は誤りで、5年です(724条の2)。
「配達中の事故なので、会社にも請求できると聞いたのですが」という相談は、外形理論の説明から入ります。行政書士の実務動作は、自賠責保険の被害者請求の書類作成や、当事者間に争いのない示談内容の合意書化までです。過失割合や賠償額に争いがある交渉・訴訟は弁護士の職域なので、事故案件はとくにこの線引きを最初に示すのが誠実です。人身5年・物損3年という時効の二本立ては、依頼者の期限管理にそのまま効きます。
答えです。「気をつけていた」の言い訳が通るのは使用者と工作物の占有者までで、工作物の所有者には通りません。外形理論・求償制限・時効2本立てまでが対応セットです。次は、契約も不法行為もないのにお金が動いてしまった後始末——不当利得です。