不当利得 — 知らずに得た人は「残っている分」だけ返せばよいのです
振込先を間違えて、まったく無関係の他人の口座にお金を振り込んでしまった——実際に起きて最高裁まで争われた事件があります。銀行は「受取人の預金になっています」と言う。ではこのお金は、法的には誰のものなのでしょうか。最高裁は「預金は受取人のもの。ただし返してもらえる」という二段構えの答えを出しました(最判平8.4.26)。
法律上の理由なく動いてしまったお金は、誰が、どこまで返すのでしょうか。
知らずに受け取った人と、知っていて受け取った人で、返す範囲が変わります
レジで多くもらったお釣りにたとえられます。気づかないまま使ってしまった人に「全額耳をそろえて」とは言えません。善意の受益者は、利益が残っている限度——現存利益——を返せば足ります(703条)。気づいていて使った人は話が別で、悪意の受益者は受けた利益の全部に利息を付けて返し、なお損害があれば賠償もします(704条)。
「現存」の判定にはコツがあります。受けた利益を生活費に充てた場合は、本来自分の財布から出るはずの支出が浮いた分だけ利益が形を変えて残っている、と扱われます。ギャンブルなどで浪費した分は現存しません。
「返せ」と言えない場面が、2つ用意されています
不当利得の基本要件は、他人の財産または労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼし、それに法律上の原因がないことです(703条)。そのうえで民法は、返還請求を封じる特則を置きました。
第一が非債弁済(705条)です。債務がないことを知りながら弁済した者は、返還を請求できません。自分で分かっていて払った以上、後から蒸し返させない趣旨です。知らずに払った場合には適用されません。
第二が不法原因給付(708条)です。不法な原因のために給付をした者は、返還を請求できません(ただし不法な原因が受益者だけにあるときは請求できます・ただし書)。賭博の負け金がその典型です。裁判所は法に反する取引の後始末に手を貸さない——クリーンハンズの原則です。判例は、未登記建物を愛人関係の維持のために贈与した事案で、引渡しは708条の「給付」に当たり返還請求できないとし、その反射として所有権は受贈者に帰属するとしました(最判昭45.10.21)。
冒頭の誤振込み(最判平8.4.26)は整理して持ちます。振込の原因関係がなくても、受取人と銀行の間では預金債権が有効に成立する。しかし受取人はその金額を保持する法律上の原因を持たないので、振込依頼人は受取人に対して不当利得返還請求権を持つ。「預金は成立・でも返す」の二段構えです。
「善意でも全額」と「知らずに払っても取り戻せない」が定番の誤りです
第一の手口は返還範囲の一本化です。「受益者は、善意であっても受けた利益の全部に利息を付して返還しなければならない」は誤りです。善意なら現存利益で足ります(703条)。
第二の手口は705条の広げすぎです。「債務がないのに弁済した者は、そのことを知らなかった場合でも返還を請求できない」は誤りです。返還請求が封じられるのは知りながら弁済した場合だけです。
第三の手口は誤振込みの単純化です。「誤振込みの場合、受取人の預金債権は成立しない」は誤りです。預金債権は成立し、そのうえで不当利得返還請求の対象になります(最判平8.4.26)。
「振込先を間違えました。すぐ取り戻せますか」という相談には、手順で答えます。まず銀行を通じた組戻し——ただしこれは受取人の承諾が要る任意の手続です。応じてもらえなければ不当利得返還請求の場面になり、返還の合意がまとまるなら合意書の作成までが行政書士、請求訴訟からは弁護士です。受け取った側から相談されたときは、事情を知りながら引き出すと刑事責任を問われるおそれがあることまで伝えるのが、依頼者を守る助言になります。
答えです。善意なら現存利益、悪意なら全額に利息。知りながら払った金と不法な原因で渡した金は取り戻せず、誤振込みは「預金は成立、でも返還請求できる」の二段構えです。債権の各論はここまで。次は家族法——親子関係の決まり方と争い方に進みます。