差止めと仮の救済 — 処分が出る前に止める道があります
卒業式の季節が来るたびに、起立斉唱の職務命令に従わない教職員へ懲戒処分が繰り返されるおそれがある。そういう事案がありました。処分が出てから一つずつ取消訴訟で争うのでは、処分が積み重なっていくこと自体は防げません。最高裁は2012年(平成24年)、処分がされる前に裁判所が止める訴えの入口を、この反復・累積の危険がある場面について認めました(最判平24.2.9)。
処分が出る前に、裁判所へ止めてもらうには何が必要なのでしょうか。
発送前はキャンセル、発送後は返品です
通販の注文で考えると、時系列が一度で整理できます。商品が発送された後にできるのは返品や配送の保留ですが、発送前ならキャンセルができます。行政の処分も同じで、処分の後に覆すのが取消訴訟、進行を止めるのが執行停止、処分の前に止めるのが差止めの訴えです。
さらに、本案の判決すら待てないときのために、仮の義務付け・仮の差止めという急行便があります。急行便の分だけ、要件は執行停止より一段重くなります。見る条文は2つです(37条の4・37条の5)。
37条の4が入口を、37条の5が急行便を定めています
差止めの訴え(37条の4)の入口は2つです。一定の処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること、そして、その損害を避けるため他に適当な方法がないこと(補充性・1項但書)です。最判平24.2.9は、処分後の取消訴訟や執行停止では救済を受けることが困難な場合に「重大な損害」が認められる、という判断枠組みを示しました。懲戒処分が反復継続的・累積加重的にされていく危険は、まさにこの場合に当たります。
仮の救済(37条の5)は、判決を待てない場面の制度です。読みどころは要件の重さの階段です。
…償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、本案について理由があるとみえるとき…(行訴法37条の5第1項)
執行停止の「重大な損害」に対し、仮の義務付け・仮の差止めは「償うことのできない損害」。さらに、本案について理由があると「みえる」ことまで求められます。公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときはできない点は、執行停止と共通です(3項)。
執行停止と差止めは、時計の針の位置が違います
第一の手口は時点の混同です。執行停止は処分がされた後の道具、差止めの訴えは処分がされる前の道具です。「処分後も差止めの訴えで争える」という肢に乗らないでください。
第二の手口は要件の同一視です。「仮の義務付けは執行停止と同一の要件で認められる」は誤りです。損害は「償うことのできない損害」に加重され、本案について理由があるとみえることも必要です。
第三の手口は文言の向きです。執行停止の消極要件は本案について「理由がないとみえるとき」(25条4項)、仮の救済の積極要件は「理由があるとみえるとき」(37条の5)。似た文言の方向違いに注意してください。
「処分が出てからでは遅いんです」という相談で価値を出せるのは、時系列の見取り図を描ける人です。処分前なら差止めと仮の差止め、処分後なら執行停止、判決確定後は取消判決の効力。依頼者がいまどの局面にいるかを整理して示すだけで、選択肢が初めて一覧になります。手続の実行は弁護士と分業しつつ、局面の整理と資料の準備を引き受けます。
処分前に止める鍵は、重大な損害と補充性、急ぐ場合はさらに償うことのできない損害の立証です。これで、訴訟要件の3論点から審理・判決、取消しで足りない場面の受け皿まで、行政事件訴訟の全体がひとつながりになりました。ドリルと索引を往復して、線を太くしてください。