周辺住民 — 原子炉の隣人は争えて、車券売場の隣人は争えません
同じ「施設の近くに住む人」でも、結論は正反対になります。高速増殖炉もんじゅの周辺住民には原告適格が認められ、場外車券売場サテライト大阪の周辺住民には認められませんでした。
施設の危なさの違いだ、と言いたくなるところですが、判例が見ているのは施設そのものではありません。その施設を規制する法律が、近くに住む人の何を守ろうとしているかです。
同じ周辺住民なのに、結論を分けるものは何でしょうか。
施設の危険度ではなく、法律が守る利益の質で分かれます
前のユニットの四要素のうち、周辺住民の事件でいちばん効くのは③利益の内容・性質です。生命や健康への被害は、一人ひとりに個別に起きます。だから法律も個別に守っている、と読みやすい。一方「街の雰囲気が悪くなる」型の利益は、みんなで薄く共有するもので、個別保護とは読みにくいのです。
見ていく判例は5つ。「あり」4つと「なし」1つですが、最後の1つは同じ事件の中で「あり」と「なし」が同居する、試験で最も狙われる判例です。
「あり」4つと、住民と開設者で分かれた1つです
まず、生命・身体の安全が決め手になった型です。高速増殖炉もんじゅの設置許可では、原子炉等規制法が周辺住民の生命・身体の安全を個別的利益として保護していると読まれ、原告適格が認められました(最判平4.9.22)。保安林の解除でも、森林法の保安林制度が洪水等の災害の防止を通じて周辺住民を守っているとして「あり」です(最判昭57.9.9)。
次に、健康被害(騒音)の型です。空港周辺の住民が定期航空運送事業の免許を争った新潟空港訴訟では、航空法が騒音被害の防止を個別的利益として保護していると読まれました(最判平元.2.17)。小田急線高架訴訟も、騒音等による健康被害の防止を理由に沿線住民の原告適格を認めています(最大判平17.12.7)。
そして、場外車券売場サテライト大阪です。周辺住民の生活環境上の利益は、一般的公益として保護されるにとどまるとして「なし」。ところが同じ判決が、著しい業務上の支障が生じうる区域に医療施設を開設する「開設者」には、位置基準による個別保護が及ぶとして原告適格を認めました(最判平21.10.15)。住民は認められず、開設者は認められる。同じ施設の周りで、法律が個別に守る相手だけが争えるという、このユニットの軸がそのまま形になった判例です。
「周辺住民なら常に」も「反射的利益にすぎない」も、両方誤りです
この論点のひっかけは両方向から来ます。「周辺住民であれば常に原告適格がある」は誤りです。もんじゅや小田急で認められたからといって、サテライト大阪の住民には認められませんでした。
逆に「周辺住民の利益は反射的利益にすぎず、原告適格はない」という言い切りも誤りです。生命・身体の安全や健康に関わるなら、個別保護が認められます。どちらの方向でも、利益の質に戻って判断してください。
産業廃棄物処理施設や遊技場のような、周辺との摩擦が起きやすい許認可では、施設側に付くか住民側の相談を受けるかで、同じ知識を逆向きに使うことになります。住民側なら「生命・健康への具体的な被害」を法令の趣旨と結び付けて組み立てる。施設側なら、反対の声のうち法的に立つのは誰かを見極めて備える。どちらの席でも、物差しはこのユニットの判例です。
冒頭の問いに戻ります。周辺住民の結論を分けるのは、施設の危険度ではなく、法律が守る利益の質です。命と健康は個別に守られやすく、快適さは一般的公益にとどまりやすい。次のユニットでは、住民以外の第三者——商売敵と消費者——で同じ軸を使います。