情報の非対称性 — 契約の前の隠しごとか、契約の後の気の緩みか
中古車屋に、見た目そっくりの車が同じ値段で並んでいます。良い車かボロい車か、買い手には分かりません。すると買い手は「ハズレかもしれない」と安値しか払わず、良い車の持ち主は「その値段では売らない」と市場を去る——良い車から順に消えていきます。
情報の偏りが市場を壊すこの現象には、「いつ偏っているか」で2つの名前があります。
逆選択とモラルハザードは何がどう違い、それぞれどんな対策があるのでしょうか。
取引の「前」の偏りが逆選択、「後」の偏りがモラルハザードです
逆選択=取引前に相手の質が見えない(隠れた情報)。中古車のレモン市場では良い車が駆逐され、保険では健康に不安のある人ほど加入したがる——放っておくと悪い方だけが残ります。
モラルハザード=取引後に相手の行動が見えない(隠れた行動)。保険に入った途端、運転が雑になる——契約が行動を変えるのに、保険会社は24時間監視できません。前か後か、情報か行動か——この軸で2つは切り分けられます。
対策は「見せる・見抜く・見張る・報酬設計」で対応づけます
逆選択への対策:情報を持つ側が自ら質を証明するシグナリング(中古車の保証書・資格・学歴)、持たざる側が仕分けるスクリーニング(免責額の異なる保険メニューで自己選別させる)、そして強制加入(健康な人も含めて全員入れて、悪い方だけ残る構造を断つ)。
モラルハザードへの対策:監視・モニタリングと、行動の結果に報酬を連動させるインセンティブ設計(成果連動型報酬・保険の免責額)。依頼人と代理人の利害不一致という一般形はエージェンシー問題(プリンシパル=エージェント関係)と呼ばれ、経営理論でも再登場します。
事例文の「前か後か」を読み違えさせる出題が定番です
典型の出題は事例マッチングです。「保険加入後に予防を怠る」=後の行動→モラルハザード。「事故歴の多い人ほど手厚い保険を選ぶ」=前の質の偏り→逆選択。時系列に丸を付けてから判定します。
対策の貼り替えにも注意——シグナリングは情報を持つ側の行動(売り手が保証を付ける)、スクリーニングは持たざる側の仕掛け(買い手・保険会社がメニューで選別)。主語の向きを入れ替える肢が並びます。
「いい人材が来ないし、採っても頑張ってくれない」。採用は逆選択(面接前に質が見えない→資格・実績・リファレンスというシグナル/スクリーニングで対処)、入社後はモラルハザード(行動が見えない→評価制度とインセンティブ設計で対処)。人事の悩みを「前の問題か、後の問題か」で切り分けるだけで、打ち手の議論が噛み合い始めます。
冒頭の問いに答えます。取引前の隠れた情報が逆選択(対策=シグナリング・スクリーニング・強制加入)、取引後の隠れた行動がモラルハザード(対策=監視・インセンティブ設計)。これで市場と価格の理論5ユニットが完結——生産者の費用から市場の失敗まで、ミクロの背骨が通りました。