遺言と遺留分 — 最後の意思にも、動かせない下限があります
「全財産を、お世話になった介護施設に寄付する」——そんな遺言が有効に成立したとしても、遺された配偶者や子は一円も受け取れないのでしょうか。民法は、最後の意思をできる限り尊重しつつ、家族の生活保障のために動かせない下限を残しました。2018年の相続法改正で、この下限の姿はお金の請求権へと大きく変わりました。
遺言にはどんな方式があり、「全部他人に」という遺言があっても家族は何を受け取れるのでしょうか。
遺言の厳格さは3段階、遺留分は最後の取り置き分です
普通方式の遺言は3種類、厳格さが違います。自筆証書遺言(968条)は全文を自書し証人不要ですが、家庭裁判所の検認が要ります。公正証書遺言(969条)は証人2人以上の立会いのもと公証人が筆記し、検認は不要です。秘密証書遺言(970条)は自書不要ですが、封印して公証人・証人の前に提出し、検認も必要です。
「全部他人に」という遺言があっても、配偶者・子・直系尊属には、この最低限の取り分を金銭で請求する権利が残ります。
遺留分は「物を返せ」から「お金を払え」に変わりました
遺留分権利者の範囲がまず急所です(1042条1項柱書)。兄弟姉妹には遺留分がありません——代襲相続はしても、遺留分は持たない非対称です。総体的遺留分は、直系尊属のみが相続人のときは被相続人の財産の3分の1、それ以外の場合は2分の1です。
2018年改正の核心が遺留分侵害額請求権(1046条)です。改正前は現物そのものの返還を求める形成権でしたが、改正後は金銭の支払いを請求する債権に変わりました。不動産が共有になって身動きが取れなくなる事態を避ける趣旨です。消滅時効も押さえどころで、相続の開始および遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年、相続開始の時から10年です(1048条)。
寄与分(904条の2)と混同しやすいのが2018年新設の特別の寄与(1050条)です。寄与分の権利者は相続人に限られますが、特別の寄与は、無償で被相続人の療養看護等をした相続人以外の親族(子の配偶者など)が、相続人に対して金銭(特別寄与料)を請求できる制度です。同じく2018年新設の配偶者居住権(1028条〜)は、残された配偶者が、被相続人の持ち家に終身または一定期間、無償で住み続けられる権利です。
「3年で時効」と「寄与分と特別の寄与の権利者」が定番の引っかけです
第一の手口は時効の年数です。「遺留分侵害額請求権は、知った時から3年で時効消滅する」は誤りです。1048条は1年です(相続開始から10年という長期の除斥期間もあります)。
第二の手口は権利者の入れ替えです。「特別の寄与は、相続人が主張できる制度である」は誤りです。特別の寄与の権利者は相続人以外の親族で、相続人が主張するのは寄与分(904条の2)です。
第三の手口は遺留分の残存です。「遺留分侵害額請求権は、改正後も現物の返還を求める権利である」は誤りで、金銭債権に変わりました(1046条)。「兄弟姉妹にも遺留分がある」も誤りです(1042条1項柱書)。
「介護をしてくれた息子の妻に、財産を少しでも渡せませんか」という相談には、特別の寄与という答えが用意できます。相続人ではない息子の妻でも、無償の療養看護があれば金銭を請求できる制度です。遺言書の作成支援では、遺留分を無視した内容にすると死後の紛争リスクが上がることを、依頼者に数字(総体的遺留分の割合)で示すのが実務です。自筆証書遺言は法務局保管制度(遺言書保管法)を使えば検認も不要になる、という案内まで含めると、依頼者の選択肢が具体的になります。
答えです。遺言の厳格さは自筆・秘密・公正証書の順で上がり、「全部他人に」があっても兄弟姉妹以外の相続人には遺留分という金銭債権が残ります(知って1年・相続開始から10年)。これで民法の主要な選抜論点が一巡しました。次は総則と物権——制度の土台に戻ります。